2010/08/13

かまうぃたちの夜(復刻版)

第6章 カヤーマが憎い、嫁的に
「香山さんは前の仕事でお世話になったんだ、ソ連でスパイ派遣会社をされている。」
「しかし、何やな、脱サラした人は何人も見てきたけど、こんな変なのは珍しな。ところで、あんたら学生さんか?」
香山さんはテーブルに話しかけた。

「は、はい」
あわてて、ぼくが答えた。
「どや、うち来んか?」
「まだ先の話なので…」
「なんや、アメリカのスパイ派遣行くんか?」
「いや、まだ先の話なので…」
「あっちは年棒いくらって言ってんの? 10%増しやで」
「チビデブ調子乗るなよ。 いかないって何回…」

「はい、これ、透の履歴書です。」
真理がおもむろにぼくの履歴書をテーブルの上に置いた。
このアマ、いつの間に作りやがった!?
しかも、小中高すべて当たってる、趣味まで。
「兄ちゃん、趣味がテレビゲーム(スパイもの専門)って、いらんわぁ(笑)」
この香山豚、自分から誘っておいて、うぜぇ。

「ごめんな、うちの会社現場主義やねん。ゲーム系のスパイ会社探してな。」
いつの間にかおたく扱いにされてしまった、うぜぇ。
「ご迷惑ですよ、あなた。」
静かな女の人の声が聞こえた。

振り向くと、香山さんの奥さんらしい、あのきれいな女の人が天井からコウモリの様にぶら下がっている。
「困ってらっしゃるじゃありませんか」
遠目にも凄い気がしたが、近くでみると足の小指一本でぶら下がっているのが分かった。
35,6のくせに、できる。

「女房のスプリンガーや。……こっちはフラットタイヤの真理ちゃんとハンドルの透やそうや」
更に昇格していた。
真理は文句を言う気もなくしたようだった。
「ども、どもももももも!!」
「あら、エンジンのまね? 馬鹿なの?」
スプリンガーさんににっこり笑いながら、香山さんの頭にボールペンを突き刺す。

「おいしいお皿でしたわ」
「お世辞じゃないでしょうね」
そう言いながらも、リーさんはまんざらでもなさそうな表情だ。
「お世辞に決まってるじゃないですか、馬鹿なの?」
「奥さんにそう言って頂けると、自信がつきます。」
ひどく重苦しい空気が流れた。

「なんか頭がスースーするんやけど、ビールかなんか、もらえるかな!」
その空気をいらだたしげに破ったのは、香山さんだった。
「ええ、じゃあ君たちも飲むか?」
リーさんが、その場をとりつくろうように聞いて来る。
ぼくは真理と顔を見合わせようとしたが、振り向いてくれなかった。

「じゃあ、ちょっとだけ」
彼女が右腕と左腕を大きく広げて示した。
…ちょっと、樽1個分がちょっと?
ぼくは真理のちょっとで死ねる気がした。

「この乾いた心を潤せるくらいあれば十分です」
キマったと思った。
「何ナルシストみたいなこといってるのよ、近距離バルサンするわよ」
真理に怒られた。
「……たまには言わせてよ」
泣きながら訴えた。

突然、窓の外でどさっと何か雪のようなものの落ちる音がする。
「わっ!・・・何か、落ちたよ」
ぼくのびっくりしたのを見て、真理はくすくすと笑った。
「逃げようとした客が撃ち落されただけよ」
「何だ、逃亡者か。」
天井を見上げながら、“パパママ、先立つムスコをお許し下さい”と唱えた。

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