2010/08/15

かまうぃたちの夜(復刻版)

第10章 マネキンがリアルで気持ち悪い
窓とベッドの間に、少し隙間がある。
その隙間に、あの変態が無造作に押し込まれていた。
首が180度違う方向に向いている。
・・・・・いや、それ以前に、あごが上に、額が下にきている。
まるで人間以外の生き物を見ているような錯覚さえ感じられた。

「何てこった・・・・・・こりゃあ・・・・・・こりゃあ・・・・・・何かあったんだ。 この部屋でこの変態に何かあったんだ!」
リーさんはもはや腹部に突き刺さったドアも気にならない様子で、叫んだ。
ぼくはコイツ何言ってんのと思いつつ、雪の積もり始めた変態を見ながら立ちすくんでいた。

・・・十日後。
ペンション『チョルチェン』の泊まり客とスタッフは全員、一階の談話室に集まっていた。
正確には、あの変態客を除いて全員ということになるが・・・・・・。

変わり果てた変態を見たのはぼくとリーさんだけだった。
後ろの人は、リーさんが部屋から追い出してしまったからだ。
ぼく達は、見たものを説明できるほどの余裕もなく、ただ脅えながらエクストラコールドで乾杯するのが精一杯だった。

「ねえ、いい加減何があったのか教えてくれてもいいんじゃないの?」
いらついた口調でグリーンさんが言った。
ぼくはリーさんをチラリと見たが、ヘビメタに夢中でグリーンさんの言葉が耳に入っている様子もなかった。
僕はゆっくり答えた。
「ぼくがね、教室に連絡帳を忘れた時の話なんですけどね・・・誰もいないはずの音楽室からカタカタ・・・ポンポロピン・・・・・ポロカタピーンって音がね・・・・・・」

ごくりと誰かの唾を飲む音が聞こえる。
「それと今の状況と・・・・・・関係あるの?」
グリーンさんは、うざい怪談だとでも思ったのか、鋭く聞き返す。
「それでね、ドアを開けるか悩んだけど・・・・・・」

知らず知らず、声が上がり、甲高く叫ぶような調子になっていた。
「・・・・・・鍵がかかってて開かないの! 誰かが、忘れた、ケータイが、ドアの向こうにあるのに!」
「きゃーーーー!」
女の子の誰かが、そう叫んで泣き出した。
見ると、可奈子さんだ。

「・・・・・・あの変態に何かあったの、というか音楽室が関係あるの?」
グリーンさんが、小声で聞く。
「それは・・・・・・わかりません。 雑誌の怪談だから、よくわかんないけど、もう少しで音楽室とあの変態をつなげられると思います」

突然、グリーンさんは目を細めた。
「それってもしかして、思いつきで話して、巧みな話術で上手く着地しようとしたの? それともあの変態さんのケータイが音楽室にあったの?」
「ぼくに上手い着地なんてできるるはずがありませんよ」
僕は無計画のギャグが大失敗したのに気付き、身震いした。

「でもさー、抹茶とか宇治茶とか入れたお菓子を京都味ってゆーのってさ、なんか短絡的じゃない? どんだけ京都を軽く見てるのって話じゃないの」
何言ってるのか全然わからないが、だんだん自信がなくなって来る。
「・・・・・・あの部屋で変態がサスペンス劇場していた。 間違いない。 ちゃーらーらー♪が脳内で聞こえた」
リーさんが断言すると、可奈子さんはまた声を上げた。

「やっぱりかばんから消えたプリッツ食べたいのよ!あたし食べたい!」
こいつらの話がかみ合ってない事には誰も触れなかった。
「そういえば・・・・・ぼく、聞いたことがあるよ。 ・・・・・かまうぃたちのこと」
ミッキモーさんが、口いっぱいにプリッツをほおばりながら話し出す。
「かまうぃたち?」
ぼくは聞き返した。

「あぁ、知ってるだろ?
このあたりでは昔から、何もないところで突然服が切り裂かれたり、半裸になったりすることが知られていたんだ。
土地の人達は、すっげぇエロいイタチ野郎のしわざだと考えて、かまうぃたちと呼んだ」
ミッキモーさんは低い声で話すと、ぼく達の顔を見回した。

しばしの沈黙の後、リーさんは鼻で笑った。
「だからネズ公専門のあなたがここに来たわけですか? 馬鹿馬鹿しい」
真理も口をはさむ。
「そうよ、このかまうぃたち野郎、ちゅーちゅーうっさいのよ」

しかしミッキモーさんは動じなかった。
「一応、ネズミなら何でも良いという姿勢をとっている。 でも、実際でっかいネズミがいたら妖怪か悪魔か分からないが、恐怖の象徴になるのは確かなんだ。」
「でも、半裸になったり、服が裂けたりするってのは聞いたこともありませんし、ネズミの話は関係あるとは思えませんが」
ぼくは言った。

「いや、ぼくも妖怪とか出して、どんな顔をするか興味があったんだ。
・・・・・・そんな顔をしないでくれ。ぼくは別に、ネコ系じゃないからね。
仮にネコ系ネズミファンだと考えてみよう。このネズミ画像を見てみろよ。
にゃー♪にゃー♪にゃー♪って言いたくなる。そう思わないか?」
窓ガラスを割り、そこからミッキモーさんを放り出したい・・・・・・。
そんな風なことを考えてしまった。

「カヤマよ! カヤマのしわざだわ」
ずっと脅えた表情をしていた亜希ちゃんが叫んだ。
「亜希・・・・・・。カヤマって誰よ。」
啓子ちゃんがいぶかしげに尋ねる。
「よく分からないけど・・・・・外の雪まみれの人よ。 それだと説明がつくもの」

亜希ちゃんは外を見ながら、一人うなずいている。
「じゃあ脅迫状はどうなるのよ。あれを書いたのは人間でしょ?」
「え、でも・・・・・だって・・・・・」
亜希ちゃんは困ったような顔のまま、また泣き出した。

「なあ、寒いんやけど、ペンション中に入っても良いかな?」
香山さんがたまりかねたように口を挟む。
リーさんは、一瞬ぼくにウィンクした。
が、軽く無視されたのにすぐに気づいたか、ぽつぽつと、脅迫状の一件を話し始めた。

「実はですね・・・・・・さっき・・・ホワイトボードに・・・何か書いてたんすよ・・・
 うぃーーー・・・・・うぃーーー・・・・・うぃーーー・・・・・・?
 俺ぇ・・・恐いんすよぅ・・・ほんとねぇ・・・どう思うんすかぁ・・・?」
聞き終わったあとしばらく、全員が絶句していた。
「そんなことが・・・・・・あったんですか、ってかウザイ・・・」
ミッキモーさんがつぶやく。

「そんなん良いから、雪寒いんやってリーさん。玄関開けて玄関・・・・・・」
香山さんが、白い息交じりでぼやく。
「・・・・・・でもとりあえず暖かいコーヒーと電話は要るんちゃう。
 上にあるのがホンマに変態の残骸なんやったら、はよ警察に連絡せなあかんわな」

警察!

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