第10章 マネキンをコート掛けのように
窓とベッドの間は、少し開いている。
そのすき間に、あの変態がねずみ色の糸のようなものを頭に乗せて挟まっていた。
風でプルンプルン揺れる糸状のもの。
その上に無造作にかけられたポン酢。
そして糸状のものの近くには塩コショウが落ちている・・・・・・。
ラーメン屋に行くと塩コショウがテーブルに置かれていて、結局使わずに食べることがある。
それらの調味料はまるでそんなふうに置いていた。
「何てこった・・・・・・こりゃあ・・・・・・こりゃあ・・・・・・糸コンだ。細くなったこんにゃくだ!」
リーさんはもはや全身に吹き付けるよくわからないパウダーも気にならない様子で、叫んだ。
ぼくと真理はコイツ何言ってんのと思いつつ、パウダーの積もり始めたその糸コンの突き刺さった変態を見ながら立ちすくんでいた。
・・・十秒後。
ペンション『チョルチェン』の泊まり客とスタッフは全員、一階の談話室に集まっていた。
正確には、あの糸コンが突き刺さった変態客を除いて全員ということになるが・・・・・・。
糸コン野郎を見たのはぼくと真理、それにリーさんだけだった。
後ろの人は、リーさんが部屋から追い出してしまったからだ。
ぼく達三人は、見たものを説明できるほどの余裕もなく、ただ脅えながら熱いビールをすするのが精一杯だった。
「ねえ、いい加減何があったのか教えてくれてもいいんじゃないの?」
いらついた口調でグリーンさんが言った。
ぼくはリーさんをチラリと見たが、グリーンさんの言葉が耳に入っている様子もなかった。
僕は喘ぎながら答えた。
「あん、あぁん、ダメ・・・みんなが帰ってきちゃう・・・糸コンさんも・・・・・帰ってきちゃう・・・・・・」
ごくりと誰かの唾を飲む音が聞こえる。
「糸コンさんって・・・・・・誰?」
グリーンさんは、悪い冗談だとでも思ったのか、鋭く聞き返す。
「うぅんん、糸コンさんも何も・・・・・・」
知らず知らず、声が上がり、甲高く叫ぶような調子になっていた。
「・・・・・・帰ってきちゃまずいでしょ! 真昼の、情事が、みんなに、知れたら一大事でしょう!」
「いやーん!」
女の子の誰かが、そう叫んで泣き出した。
見ると、可奈子さんだ。
「・・・・・・あの変態に何かあったの、というか透くん何か嫌なことがあったの?」
グリーンさんが、小声で聞く。
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